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2005.09.15

真田幸村の妻を読んで。

sanada

以前 天王寺駅からの 風景で
茶臼山からの 大阪城 夏の陣で 真田幸村の
思い出を書きましたが、最近 阿井景子さんの
真田幸村の妻を 古本屋で購入して
読みました、時代小説では 女性の立場叉歴史的に
資料があまりなく 大変興味をもって読みました。

真田幸村の正室 竹姫は 大谷吉継の娘で
幸村の父親 真田昌幸は 徳川家康にはむかう事
二回 上田城で二回も撃破。

秀吉死後 家康の上杉征伐に 昌幸が参加するが
家康に賛同できず、幸村の兄 信幸は徳川方に
大谷吉継は 上杉征伐に行く途中に 石田三成に
引き止められ 西軍側に。

これだから 歴史は面白い。

関が原で 西軍 最初は良かったのですが。
小早川秋幸の裏切りにより大敗。

その後 兄 信幸の働きにより 死罪は免れ
昌幸 幸村は 高野山に
幸村の 家族は 高野山の下の村 九度山に幽閉
その後、許され 昌幸 幸村は 九度山に住むこと
を許され、叉 竹姫に長男 大助誕生

九度山に流され 14年 そこ間に 無念にも 昌幸は
家康よりの歳は若いのに 無くなり 幸村の家康憎きが
あり それが、豊臣家から 誘われ 大阪城の戦いに参加

家族も 大阪城に移動 移動も大変だとおもいます。
紀州藩 浅野の見張りもあり、

幸村は 今まで 父親 昌幸の影に隠れて目立たなかったが
冬の陣では 手薄な弱点の場所に 真田丸を作り 大いに奮闘

夏の陣では 竹姫に最後の別れを告げ、叉大阪城より避難をさせ
最後の決戦が 天王寺駅前 茶臼山の家康本陣の攻撃
三度まで攻め立て 最後は討ち死に。
攻撃前 大阪方の謀反の配慮 兄が 徳川方のため
長男 大助を大阪城に返すが 最後は 大助は 自害

その後の 竹姫は京都の尼寺竹林寺に入ったのではないかとの事
何分 女性の資料が少ないので。

やはり、歴史は楽しい!

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コメント

真田幸村 正室についてご指摘
有難うございました

参考になりました。

有難う御座いました

投稿: zoot | 2011.08.05 12:03

真田幸村正室は、大谷吉継縁者ではないと思います。
実は、大谷吉継関連書状に小早川家宛のものが多いのですが、その小早川家家臣に、真田姓の家臣が存在するので、大谷吉継と婚姻関係にあった真田氏とは、幸村のことではなく、小早川家家臣の真田氏の可能性が高いです。
竹林院は、公家の西園寺家を連想させる上、佐竹義宣弟継室お田の方の生母が、菊亭晴季外孫という点より、幸村の正室は、公家階級の女性だと思われます。

投稿: 匿名 | 2011.08.04 23:38

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