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2008.08.13

平将門の乱

0807212

丸の内のビジネスビルが乱立する中に
首塚はありました、

一時は 板東八カ国に国司を任命 自ら新皇に
京都では 反乱軍とみなされ かつての
理解者 平 貞盛と征夷大将軍 藤原 忠文により
討伐される その首は京都に送られ七条河原にさら
されたが ある夜 首が 胴体を求めて 将門塚に
飛んできたそうです、それがこの場所

では 何故 将門は天皇など宣言したか
桓武天皇を祖とする 親王になれなかった子供が
各地の 有力者にその中で 高望王が賜姓を受けて
平の名前を授けられ これが 平氏の始まり
噂では 他にもあるみたいですが

高望王が 上総司となり 桓武平氏高望流の子孫
が 平将門で 都より流れてきた 同じ境遇の
皇族の興世王が 巫女を通じて 神のお告げで
将門自信 私が天皇であると信じてしまう

規模は小さいが 南北朝と同じ これには 京都
皇室は怒る それが滅亡の原因

その後 伊勢平氏を祖とする一族から 平忠盛の
嫡男 清盛が 平治の乱で 源義朝を破り
平家一族の繁栄に。

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