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2012.06.13

中島三郎助 土方歳三 最期の地 函館

久しぶりに函館に 函館戦争で亡くなった 中島三郎助親子
土方歳三の最後の場所を見に行って来ました

新撰組 土方歳三 織田信長と同じ 残酷なイメージありますが
ファンは多いと思います 近藤等が流山で新政府軍に
投降後 土方歳三 その後 会津 仙台 榎本武揚率いる幕府海軍
船で 函館に 五稜郭占拠 最後まで幕府軍として戦ったのは凄い!
私も 新撰組求めて 日野 京都 勝沼 会津に行きました
今回は 最後の地 函館に

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まず 新政府軍と幕府軍 函館戦争の流れ この方のページ参考に
幕府軍が本陣となった 五稜郭に 五稜郭タワーより
中心部にある 建物が新しく出来た 函館奉行所です

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函館奉行所 前回来た時は無かったが復元されていました
これでも 当時の1/3の建物の規模だそうです

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五稜郭タワーより 函館駅方面 くの字の道路の途中に 中島三郎助
親子の最期の地 その先 函館駅近くに 土方歳三の最期の地

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道の真ん中に 中島三郎助親子の最期の地が
浦賀奉行与力でペリー浦賀に来た時最初にあった役人
その後 函館戦争に三郎助 子供 兄弟で参戦
幕府軍降伏の2日前 明治2年5月16日 親子で戦死
 
以前 浦賀に行った時のブログ

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最後は 土方歳三 戦死場所 函館戦争 最初は 榎本艦隊
森近くの 鷺ノ木に上陸 すぐに五稜郭占拠 その後 松前城
江差まで接収 その後 江差近くに新政府軍が上陸 函館山も落ち
明治2年5月11日 総攻撃 函館湾での海戦でも負け 
土方歳三 此処 一本木関門で戦死 享年35歳

以前 司馬遼太郎さんの 燃えよ剣 と思うのですが?
総攻撃前 土方歳三の世話役 市村鉄之助に故郷 日野の
佐藤彦五郎に写真と手紙を託しています 詳しくは このサイト
読んでいて 小説では函館港が見える設定 五稜郭は
内陸なので 函館 元町ホテルには 新撰組屯所跡地の碑
があるそうですが 事実はわかりません
歴史小説家は演出が上手いと思います

現在 土方歳三の写真は二枚あり いずれかと思います?

先日 日清戦争をネットで調べていると 大鳥圭介が出てきて何故か
違和感をもった想いが!

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日野 石田寺 土方歳三の墓


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