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2014.11.21

太平記 その4 吉野山 賀名生に

吉川英治さんの私本太平記 8巻読み終わりました
過去に読みましたが 新たに読んだ感想

太平記は40巻の物語で 鎌倉幕府滅亡 南北朝だけでなく2代
室町将軍 義詮が死亡まで 50年の物語です 室町幕府の安定は
3代目 義満から 京都では室町幕府を探しましたが 3代目の義満
花の御所から幕府らしく その後はじりぞんですが
足利尊氏 義詮は大変でした

やはり 南北朝に分裂 南朝の皇居 見るために 奈良 吉野山
賀名生に行って来ました

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早朝自宅車で 朝10時過ぎに 吉野山に 南朝の皇居になった
吉水神社に 後醍醐天皇の玉座も再現されていました
南朝4代57年の歴史は此処より始まりました

この神社はそれ以外にも有名な事が 鎌倉幕府創立後
兄 源頼朝の追捕を受けた 義経が西国で再起を決意するが
失敗 静御前と供に吉野山に潜伏 この部屋も再現されて
いました 奥州逃亡で雪の中 静御前と別れた場所

叉 秀吉 最後の花見は 京都 醍醐寺ですが 絶頂期の
吉野山の花見でも有名 この場所が本陣になりました

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吉水神社の展望台から 一目千本と桜が見えるみたいですが
今は秋 紅葉が千本 秀吉も見たのでしょうか?

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如意輪寺 谷を越えた場所にあります その寺に後醍醐天皇稜
壱岐に遠島されながら不屈の精神で脱出 足利尊氏と対立するのですが
南北朝に別れ 南朝 吉野山で死去 享年52歳 後村上天皇に
譲位 墓は 慣例にそむき北側 京都を向いています

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如意輪寺 楠木正行が足利軍家臣 高師直と四条畷の戦いに
望み 後醍醐天皇と最後の別れの為に天皇稜に参り143人が
髷を切 奉納しています 

近くには 桜井市 楠木正成嫡男 正行が湊川の戦いに参戦を
申し込むが 正成が拒否 その時別れたのが 桜井の別れ
その後 親の意思を受け継ぎ 足利尊氏と戦う

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吉水神社から登った場所に 大塔宮の碑 後醍醐天皇の第三皇子
鎌倉幕府討幕の為に 此処で戦う 右上に吉野山城の古跡
火の見櫓です、途中捕らえられ 身柄を鎌倉に送られるが
鎌倉を守っていた 足利尊氏の弟 義直が北条直行 北条高時
の次男に攻められ 落ちの延びる時 大塔宮は斬首される
墓は 鎌倉宮近くにあります

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吉野山 最上部 金峯神社近くにある 義経隠れ塔 塔に
隠れているとき 追ってを逃れる為に 屋根を蹴破って
出た 塔がありました

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吉野山入り口にある 金峯山寺 開祖は役行者で木造建築では
東大寺に次ぐ大きさです 1300年前山中によく建てたと思う
建物です

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後醍醐天皇死後 南朝は後村上天皇に 四条畷 楠木正行が
尊氏家臣 高師直に敗れると 南朝は吉野山から賀名生に
皇居を移す 堀家 その後 長慶天皇 後亀山天皇が此処に
吉野山から20Km 五条駅から十津川街道10km入った場所に
現在 皇居 工事中 北畠親房の墓に行く途中から皇居を
撮りました

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山に10分位登った場所に 北畠親房の墓
親房の嫡男が北畠顕家 陸奥に下向するが 尊氏に対抗
二度も京都に来て戦う 後醍醐天皇の大納言 南朝の維持
の為に努力する 名賀生では中心的な人物になるが
親房が死去すると 南朝は中心的人物がいなくなる

宇陀市に宿泊

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明くる日 古代史はあまり興味はありませんが
京都に皇居が出来るまで中心は 奈良に 飛鳥の里に
昔行った 石舞台 現在は飛鳥歴史公園となり整備されて
いました その頃は話題になっていなかった 高松塚古墳
に 此処も整備されています 隣は壁画館が時間が早かった
ので 開いていませんでした 代表的な人物画が見れる
のでしょうか

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高松塚から南に2kmの所に キトラ古墳が シートで覆われて
いました 四神像 星座が見れるのはいつ 反対側は公共工事
で 掘り下げて学習館が工事中でした BS TVで特集されて
いましたが 盗掘で 高松塚 キトラ古墳の埋蔵された人物は
不明との事でした

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今年3月 四国八十八箇所遍路の帰り 亀山ルートインに泊まり
ましたが 疲れの為 亀八食堂の味噌やきうどん食べに行け
ませんでした 今回リベンジ 昔のドライブインの雰囲気
キャパは大きいです 早速 ホルモン牛とうどん ご飯
注文 ホルモンとキャベツ モヤシが運ばれ来ます
これに袋に入ったうどんを加えれば 焼きうどんが
完成 味噌がポイントでしょうか 美味しいがわざわざ
でもないような感じ 

十津川街道を行けば 熊野本宮大社 熊野三山には
那智大社しか行っていません 今後は残り行ってみたく
なりました

今までの 太平記

その1 赤坂千早城に
その2 鎌倉に
その3 太田 足利市

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