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2015.07.23

奥の細道 深川 千住大橋

BS TV 新日本紀行 奥の細道を見て
松尾芭蕉 晩年 46歳で旅に 旅で死んだ先人の史跡を巡り
尊敬する 歌人 西行が歌を詠んだ場所に立ち俳句を
詠む 東北 北陸の旅紀行です

平泉 義経堂で 夏草や兵ものどもが 夢の跡
私は訪れたのは 冬ですが

山形 山寺 閑さや岩にしみ入る蝉の声など
凡人の私でも 状況が浮かびます

ルートも良い 何か所か行っていない場所もあり
ますが 訪れたい場所も多数あります

奥の細道 出立ちの場 深川 千住大橋に行って来ました

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東京 江東区 小名木川に架かる萬年橋 葛飾北斎 富嶽三六景
にも 近くの 芭蕉稲荷神社此処が 芭蕉庵があった場所と
言われています

此処は 昨年10月に本所 吉良屋敷から泉岳寺まで歩いた時
通りました 歩き始めで 気にしていませんでした

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隅田川沿いの芭蕉庵史跡展望公園 隅田川 正面が佃島 東京湾
右側が 浅草 千住大橋方面
芭蕉はそれ以前に 芭蕉庵を処分して 高弟 杉山杉風 清澄公園近く
採茶庵に2月末に移り住んでいました
1689年3月27日早朝 太陽暦 5月16日に深川より 船で弟子 曾良と
千住大橋に

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荒川区より 千住大橋 南側 日記には 船を千住で下船としか
記載されず 旅立ちの場は 荒川区 南側か 北側の足立区か
論争に 碑も両岸にあります

此処より 日光街道で日光に

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南千住駅まで来たので 駅前 小塚原回向院に 本所回向院の住職が
行き倒れ 刑死者の供養の為に開いた寺で 安政の大獄で日本橋
伝馬町牢屋敷で 刑死した 吉田松陰 橋本左内 頼三樹三郎が
埋葬 吉田松陰の墓 その右側が頼三樹三郎の墓 その後 長州藩 
高杉晋作などにより 世田谷 長州藩の敷地 松陰神社に改葬

又此処で 1771年に オランダ解剖書 ターヘル アナトミアの
正確性を確認の為に 杉田玄白らにより 刑死人の腑分を
その後 解体新書を発刊しています

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久しぶりに 芭蕉記念館近くの 魚三酒場 常磐店
以前は 門前仲町の富岡にいつのまにか3店舗に 築地が近く
新鮮な魚が格安で 開店後 30分位で満員に

懐かしいドラマ 前略 おふくろ様の舞台 フィクションですが
料亭 分田上があった 深川 木場 高速道路9号線の建築 
木場が新木場に移転 かすみちゃん 坂口良子 半妻 室田日出男
利夫 川谷拓三は亡くなりましたが その当時の雰囲気あります

今年は 行くぜ東北!


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