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2016.01.09

北鎌倉 原節子さんの足跡

昨年 新聞地方版に 北鎌倉 原節子さんの足跡
の記事が 昨年末に 大船 鎌倉を訪れました

原節子さん 昨年9月に95歳 神奈川県の病院で死亡
発表は2か月半遅れで 発表されました

原さんは 横浜 保土ヶ谷区の生まれ 横浜の女学校
から 映画デビュー 日本のグレタ ガルボと言われ
ドイツ人とのハーフと思われたのですが 純粋の日本人
でした

1962年の映画を最後に 表には出ず 50数年
鎌倉で隠居生活 

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松竹大船撮影所 現在は 女子大になっています
東京鎌田撮影所から1936年に移転2000年に閉鎖
小津安二郎さん 映画の撮影 渥美清さんの男はつらいの撮影が
行われた 閉鎖の前 3年間 撮影所の一部に鎌倉シネ
マワールド出来 寅さんのセットが展示されていましたが
見に行きましたが いまいちでした

小津さん 撮影中は撮影所の監督室に寝泊まり 撮影所が
火災でやむなく 茅ヶ崎の旅館住まい

小津作品には 原節子さんと共演 男はつらいよ で和尚さん役で
お馴染みの 笠智衆さん 山田洋次さん監督での作品 家族 長崎の
炭鉱から 一家で新世界を目指し 北海道 中標津までの移住のストリー
一家のおじいさん役で出演していましたが記憶に残る作品でした
此処大船にお住でした お墓も大船にあります

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北鎌倉駅に 小津安二郎さん 茅ヶ崎の旅館住まいの後
お母さんと北鎌倉に住居が 北鎌倉駅より鎌倉方面に
源氏山ハイキングの道 浄智寺近く 何回か源氏山に行く
時通りましたが気が付きませんでした 駐車場のわきに
トンネルが 抜けた先 左に曲がると 小津さん宅です
私道なのでトンネルには入れません

1963年 小津さんは東京の病院で亡くなるのですが
その後遺体は此処にはこばれてくるのですが
前年 芸能界から引退していた 原節子さん この
トンネルを抜けて お通夜に 小津さん享年60歳 生涯独身

小津安二郎さん作品 私は見たことはありませんが
低いアングルから固定した画像 テーマは家族
ヨーロッパで評価が高い

江東区深川生まれ いかにも江戸っ子らしい顔つき

小津作品には 北鎌倉駅 晩春と麦秋 駅名が左書きに変わった
だけで 駅舎 ホーム変わっていません

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小津安二郎さんの墓は 北鎌倉駅の円覚寺に

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昨年亡くなった 原節子さん 引退後 竹林で有名な護国寺近くの
浄妙寺付近 映画監督の義理の兄の敷地内に増築して生活

過去に 東京の土地売却で長者番付で75位が話題になったぐらいで
伝説の名女優でした

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